「予約が取れない」その裏で何が?北陸新幹線延伸から2年、進化と葛藤を続ける「金沢おでん」の現在地
金沢 おでんは、今や日本国内にとどまらず、世界中の美食家たちが熱視線を送る一大ブランドへと変貌を遂げた。かつては地元の市民が仕事帰りにふらりと立ち寄り、熱々の出汁をすすりながら一日の疲れを癒やす「日常の味」だったはずだ。しかし、2026年現在の状況は一変している。主要な老舗店では、数ヶ月先まで予約が埋まることも珍しくない。
冷え込みが厳しくなる季節、湯気の向こうに見えるバイ貝や車麩といった独特の具材を求めて、金沢駅の周辺は連日多くの観光客で賑わいを見せている。この熱狂とも言える金沢 おでんブームは、北陸地方の観光復興を力強く牽引する一方で、地元の人々が長年愛してきた「憩いの場」としてのあり方に静かな変化を迫っているのだ。
1. 「地元の居酒屋」から「世界のKANAZAWA」へ:押し寄せるインバウンドの波

新幹線の敦賀延伸から2年が経過し、関西圏や中京圏からのアクセスは劇的に向上した。その結果として顕在化したのが、外国人観光客の急増だ。現在、金沢市内の主要なおでん店に足を運ぶと、カウンター席の半数以上を海外からの旅行者が占めている光景も珍しくない。
彼らを引きつけるのは、単なる「和食」としての珍しさだけではない。目の前の大鍋から立ち上る出汁の香り、職人が手際よく具材を切り分けるライブ感、そして何よりも、日本の伝統的な居酒屋文化が凝縮されたその空間そのものが、極上の体験として評価されているのだ。SNSでの拡散も手伝い、今や「金沢に行くならおでんは外せない」という共通認識が世界規模で定着しつつある。
2. 伝統の具材「車麩」と「バイ貝」を揺るがす原材料高騰のリアル

金沢のおでんを語る上で欠かせないのが、独自の具材たちだ。出汁をたっぷりと吸い込んだ大ぶりの「車麩」、コリコリとした食感がたまらない「バイ貝」、そして冬の味覚の王様であるカニの甲羅に身を詰めた「カニ面」。これらは他地域のおでんとは一線を画す、北陸の豊かな食文化の象徴である。
だが、現場の店主たちの表情は必ずしも明るいわけではない。近年の地球温暖化に伴う海水温の上昇や、物流コストの上昇が、これらの食材確保に暗い影を落としているからだ。特にカニ面は、一杯あたりの仕入れ価格が高騰し、かつてのように「気軽に頼める定番」ではなくなりつつある。伝統の味を維持しながら、いかに適正な価格で提供し続けるか。各店舗は今、非常に難しい舵取りを迫られている。
3. 「常連が入れない」問題。地元客と観光客の共存を模索する老舗の知恵

「昔は仕事帰りにふらっと寄れたのに、今はもう無理やね」。地元の常連客からは、そんな嘆きの声が漏れる。観光客の行列によって、何十年も店を支えてきた地元住民が店から足が遠のいてしまう現象は、観光地化が進む街が必ず直面するジレンマだ。
この問題に対し、一部の老舗店では新たな試みが始まっている。例えば、平日の早い時間帯を「地元客優先枠」として開放したり、会員制の裏メニュー枠を設けたりする動きだ。観光客を拒絶するのではなく、かといって地元のコミュニティを切り捨てるわけでもない。そんな絶妙なバランス感覚が、これからの老舗の生き残りには不可欠となっている。
4. 2026年の新潮流:フレンチの技法と融合した「ネオ金沢おでん」の台頭
伝統が重んじられる一方で、若い世代の料理人たちによる革新的な動きも活発だ。金沢市内の中心部から少し離れたエリアでは、フレンチやイタリアンのシェフが手がける「ネオおでん」の店が注目を集めている。
コンソメ風に仕上げた透き通る出汁に、ハーブを効かせたつみれを合わせる。あるいは、地元の伝統野菜である源助大根にフォアグラのソースを添える。これらは従来の枠にとらわれない自由な発想で、若い世代やワイン愛好家の心を掴んでいる。伝統的な醤油と塩ベースの出汁を守る老舗と、新たな感性で挑む新店。この新旧のコントラストが、金沢の食シーンをより重層的で魅力的なものにしている。
5. 黄金色の出汁を守るために。気候変動と向き合う昆布と鰹節の職人たち
金沢おでんの命とも言えるのが、上品で奥深い味わいの出汁だ。多くの店では、北海道産の利尻昆布や煮干し、鰹節を贅沢に使い、何時間もかけてその味を完成させる。しかし、この出汁のベースとなる原材料もまた、気候変動の影響を強く受けている。
昆布の収穫量減少や品質の変化は、出汁の味に直結する深刻な問題だ。「昔と同じレシピでは、同じ味にならない」と、ある老舗の出汁番は語る。職人たちは日々、気温や湿度の変化だけでなく、原材料のコンディションを五感で察知し、微妙な調整を繰り返している。私たちが何気なく口にする一杯のスープの裏には、気候の変化に立ち向かう職人たちの執念が隠されているのだ。
6. ブームの先へ。私たちが本当に守るべき「暖簾の向こうの温もり」
ブームはやがて落ち着く。それは歴史が証明している。だからこそ、今の熱狂の中で「何を守り、何を捨てるか」を見極めることが重要だ。単なる観光資源としての消費で終わらせてはならない。
金沢のおでん屋の魅力は、単に美味しい具材があることだけではない。狭いカウンターで隣り合わせた見知らぬ人同士が、湯気越しに言葉を交わし、笑顔を交わす。あの独特の「温もり」こそが、本質だ。どれだけ時代が変わり、予約システムがデジタル化されようとも、暖簾をくぐった瞬間に広がるあの優しい空気だけは、次の世代へと変わらずに引き継がれていってほしいと願う。 (出典: 金沢 おでん(Yahoo!ニュース))