しまなみ海道の「あの味」が消える?気候変動と原料不足に立ち向かう「はっさく屋」の現在地
はっさく 屋の看板商品である「はっさく大福」を求めて、しまなみ海道を渡るサイクリストの列は今日も途切れない。甘酸っぱい八朔の果肉と白あん、そして柔らかい餅の絶妙なハーモニーは、瀬戸内の旅における「絶対的な定番」として君臨してきた。しかし、2026年現在、この小さな名店を取り巻く環境は決して平坦ではない。
近年続く記録的な猛暑と柑橘類の収穫量減少は、因島に店を構えるはっさく 屋にとっても死活問題となっている。果実の酸味と甘みのバランスが変わるなか、職人たちは毎朝、五感を研ぎ澄ませて大福の仕込みを続けているという。地方の個人商店が直面するこのリアルな課題は、日本の観光資源の未来を占う縮図でもある。
異常気象がもたらす「八朔」の危機と職人の意地

ここ数年の暖冬と夏の極端な猛暑は、瀬戸内地方の柑橘栽培に深刻な影を落としている。八朔は元々、因島が発祥の地とされる和柑橘だ。独特のほろ苦さとシャキッとした食感が特徴だが、気温の上昇によって水分量が変わり、例年通りの品質を保つことが難しくなっている。
仕入れ先である地元農家の高齢化も拍車をかける。耕作放棄地が増えるなか、大福に最適な「酸味と糖度のバランス」を備えた八朔を確保することは、かつてないほど困難だ。それでも店主は妥協しない。毎朝届く果実の状態を見て、白あんの甘さや餅の厚みを微調整する。長年の勘だけが頼りだ。
なぜ「はっさく大福」はこれほどまでに人々を魅了するのか

世の中にフルーツ大福は数あれど、ここの大福は一線を画す。一口かじった瞬間に弾ける果汁のフレッシュ感。それを包み込む白あんの上品な甘さ。そして、ほんのりと香るみかんの皮を練り込んだ餅の風味。この三位一体のバランスが完璧なのだ。
人気の秘密は、徹底した手作りにこだわる姿勢にある。機械化すればもっと多くを作れるかもしれない。だが、果肉の薄皮を剥く作業から包む工程まで、人の手で行うからこそ、あの繊細な食感が生まれる。行列に並んででも食べたいと思わせる理由は、この愚直なまでの職人魂にある。
しまなみ海道ブームの光と影、押し寄せるインバウンドの波

世界的なサイクリングロードとして認知されたしまなみ海道には、欧米やアジアからの外国人観光客が急増している。SNSでの拡散も手伝い、日本の伝統的な和菓子とフレッシュフルーツの融合であるこの大福は、いまや「マスト・トライ」のグルメとなった。
しかし、需要の急増は現場への負荷を高めている。午前中に完売してしまうことも珍しくなく、せっかく遠方から訪れた観光客が手に入れられないケースも増えた。観光公害(オーバーツーリズム)の一端が、この静かな島の和菓子店にも押し寄せている。
伝統を守るための「進化」:新しい挑戦とデジタルシフト
変わらない味を守るために、彼らは変化を選び始めている。原材料の確保に向けて、若手農家との直接契約を増やし、持続可能な農業支援にも乗り出した。また、オンラインショップでの受注システムを見直し、全国のファンへ均等に届くような仕組みづくりも模索している。
単なる「地方の土産物屋」から、地域の文化と農業を守る「ハブ」へ。彼らの挑戦は、日本の地方創生における新しいモデルケースとなるかもしれない。伝統を守るとは、頑なに同じことを続けることではなく、時代に合わせてしなやかに変化することなのだと教えてくれる。
地元農家との絆:共生が生み出す持続可能なサイクル
この店が愛される本当の理由は、地域社会との深い結びつきにある。仕入れる八朔は、すべて顔の見える地元農家が作ったものだ。規格外として市場に出せない果実も、大福の材料として適正な価格で買い取ることで、農家の収入安定に寄与している。
「農家さんがいなくなれば、うちの大福は作れない」と店主は語る。この言葉通り、店と農家は単なる取引先ではなく、運命共同体だ。しまなみの豊かな自然と、そこに生きる人々の営みが、あの丸くて白い大福の中に凝縮されている。
私たちが「旅の目的地」としての名店を守るためにできること
私たちが旅先で美味しいものに出会えるのは、決して当たり前のことではない。気候変動、後継者不足、観光のあり方の変化。多くの課題を抱えながらも、今日も暖簾を掲げる店がある。
しまなみ海道を訪れた際は、ぜひその背景にあるストーリーに思いを馳せてみてほしい。ただ消費するだけでなく、作り手の想いや地域の歴史を理解し、敬意を払うこと。それこそが、私たちが愛する「あの味」を未来へ残すための第一歩になるはずだ。 (出典: はっさく 屋(Yahoo!ニュース))